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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13176号 判決

原告 国際観光株式会社

右代表者代表取締役 根本正

右訴訟代理人弁護士 井上恵文

同 北川豊

被告 有限会社武本商事

右代表者代表取締役 武本文雄こと 裵漢宇

右訴訟代理人弁護士 佐藤寛蔵

同 村上重俊

右訴訟復代理人弁護士 吉井文夫

主文

被告は原告に対し昭和四七年より同五六年まで毎年一月三〇日までに金二二五万円宛及び右各金員に対するその支払期日の翌日より支払済みに至る迄年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として、次のように述べた。

一(一)  原告は訴外田中一太郎との間で、昭和四一年一二月三〇日、田中が建築所有する東京都品川区上大崎五丁目六三一番地の田中ビルディング(以下、田中ビルという)の四、五、六階各九九・一七平方米(各三〇坪)について賃貸借契約を締結したが、同契約において原告は右契約の保証として金二二五〇万円を田中に預け入れることとし、右保証金の預け入れについては前同日付の次の如き消費貸借契約によることとして、原告はその全部を履行した。

1  原告は田中に対し右賃貸借契約に関する入居保証金として金二二五〇万円を次のとおり分割して納付する。

昭和四一年一二月三〇日 金一〇〇〇万円

昭和四二年一月一七日  金一〇五〇万円

物件引渡時 残額

2  右入居保証金は原告が営業を開始した日から五年間据置き、以後一〇年間に年賦均等割額により田中から原告に返済するものとし、特に第一回目の返済期日を昭和四七年一月三〇日とし、以後毎年この例によるものとする。

(二)  しかして、原告は昭和四二年田中から右物件の引渡を受けて同所で営業を開始した。

二  その後被告は、原告賃借にかかる右物件を含む田中ビル全部の所有権を田中から譲受け、その旨の登記を昭和四四年九月一日経由し、右登記と同時に従来田中と原告との間に存した賃貸借契約上の賃貸人の地位に伴う債権債務の一切を当然承継した。

三  ところで、田中は、田中ビルを井上五一に請負わせて建築したが、その建築に当り、右ビルの賃借人を募集して、その希望者から保証金名義で建築資金の融資を受けることにし、よって原告は右募集に応じて前記の保証金を支払ったのであって、原告のほか同様にその頃、同ビル一階の一六・五坪部分は訴外有限会社金華堂が金九〇七万五〇〇〇円、同階の残一四・五坪の部分は訴外藤森虎雄が金七二五万円、三階は被告自身が金約一〇五〇万円、地階は喫茶店「地下室」が金約一二〇〇万円、二階は喫茶店「セザンヌ」が金約一二〇〇万円の各保証金を田中に支払って賃借したのである。従って保証金の総計は本件ビルの建設費用約六〇〇〇万円を優に超えるものであり、また、右保証金がなければ到底本件ビルの建設はなかったのである。右のような保証金は取引界にいわゆる「建設協力金」に当るものであり、これに関する約款は単なる消費貸借ではなく、消費貸借契約と賃貸借契約が結合した無名契約であって、契約書上も、保証金の預け入れ、その返還方法は賃貸借契約書第六、第七条に規定され、殊に第六条は保証金全額の預け入れが完了しない限り賃借人は賃借物件の使用をなし得ない旨規定していて、保証金が賃貸借の絶対的条件であることを示しており、また、右保証金の細目を規定したものと見るべき消費賃借契約書第四、第五条は賃貸借上の債務と保証金返還との相殺或いは支払留保に関する規定を設ける等、賃貸借上の債務と保証金返還債務との密接な関連を示しているほか、その第二条は保証金は無利息とする旨規定して、右保証金が単なる消費貸借金でないことを明らかにしているのである。そうである以上は、賃借人である原告が新所有者である被告に対し賃借権をもって対抗できる限りにおいて、保証金返還債務も当然被告に承継されるものといわなければならない。ことに本件にあっては、前記のように被告も亦本件ビルの賃借人であって、保証金に関する事情を知悉しつつ本件ビルの所有権を譲受けたものであるから、これを保護すべき何らの理由もない。

四  しかるに被告は、昭和四四年九月一二日付書面をもって、原告に対し、田中より本件ビルの所有権の譲渡を受け、その旨の登記を経由し、それと共に賃借物件に関する田中の賃貸人たる地位を承継したが、前記保証金返還債務は承継しない旨通知して来て、その返還を否認する意思を明らかにした。従って、原告が被告から右保証金の返済期日にその返済を得られないことは明らかである。

五  よって、原告は豫じめ被告に対し請求の趣旨の如き請求をする必要があるので、本訴に及んだ。

以上のように述べ(た。)立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一  請求原因第一、第二、第四項の各事実は認める。第三項のうち、田中一太郎が本件ビルを訴外井上五一に請負わせて建築したこと、原告主張の原告以外の賃借人も原告主張の金額の保証金を田中に支払っていることは認めるが、その余の事実は争う。

二  右井上五一は本件田中ビルの建築に当り、いわゆる立替金工事方式をとり、銀行融資を受けて本件ビルに着工し、これを建築完成したものであって、田中が原告その他の賃借人から入手した保証金のうち右建築資金に充てられたのはその一部にすぎない。従って本件保証金は原告主張のような「建設協力金」ではなく、純然たる金銭消費賃借による借入金である。しかも田中は本件ビルに付着した抵当権の被担保債務が弁済できずに金融先からその抵当権実行による競売をされることになり、その段階になって被告が右ビルを買受けたものであるから、若し競売手続がそのまま実行された場合にその落札者についても本件保証金返還債務が承継されるというなら兎も角、その不当であること勿論である以上、競売実行による落札者と被告の如き任意取引による買主とを保証金返還債務の承継の上で異別に取扱うことはできない。原告の主張によると、本件ビルの所有権に関する限り、取引当事者が承継排除の意思表示をしても、保証金返還債務が付着して物権変動をすることになるが、それでは登記に表象されない負担付所有権を認めることになり、物権法定主義に反し、かつ取引の安全を害することになって、到底容認できない。

と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

請求原因第一、第二、第四項の各事実及び第三項のうち原告がその一部を賃借した本件田中ビルは田中一太郎が訴外井上五一に請負わせて建築したものであって、原告以外の賃借人も原告主張の金額の保証金を田中に支払っていることは当事者間に争いがない。

右争いのない請求原因第一項、第三項(一部)の事実と≪証拠省略≫によれば、田中一太郎は、その所有の東京都品川区上大崎五丁目六三一番の一四の土地に昭和四二年地下一階地上八階(一階及び地下一階は各一一四、四四平方米、二階ないし六階は各一一八、六三平方米、七、八階は各三四、三一平方米)の本件田中ビルを井上五一に請負わせて建築して、貸ビル業を営むに至ったが、右建築に際し、その建築資金については、世上まま行われているように、豫じめ建築後のビルを賃借することを約した者らから消費貸借名義で借用することにし、これを保証金と称してその納付を条件として本件ビルの賃借希望者を募ったのであり、原告及びその他の前記賃借人らは右募集の趣旨を了知してこれに応ずることにより、田中との間で後記の契約を締結して、夫々本件田中ビル一部を賃借することを約すると共に前記の各保証金(これは当初の各約定月額賃料の大体一〇〇倍に当る)を支払ったものであって、田中は右のようにして徴集した保証金を井上に対する本件ビル建築費用の支払に充てたものであること、ところで、田中と原告ら各賃借人とは、右賃貸借及び保証金支払につき夫々、同日付をもって、賃貸借契約書及び消費貸借契約書を取交わして、同契約書記載の内容の契約を締結したものであるが、これらは別紙の如き不動文字記載の用紙につき各賃借人ごとに所要事項を記入し或いは修正して作成されたものであって、それによれば、保証金の預け入れ、返還方法等は賃貸借契約書中の第六、第七条に規定されており、殊に保証金全額の預け入れが完了する迄賃借人は賃借物件を使用できず(第六条)、保証金は賃借人が賃借物件で営業を開始した日から五年間据置とし、六年目より一〇年間に年賦均等償還するものとされ(第七条)、第九条では右保証金につき別途に金銭消費貸借契約を締結するものと定め、また、金銭消費貸借契約書では冒頭にそれが右の賃貸借契約に基づき締結されるものであることを明記の上、第二条では保証金には利息をつけないものとし、第三条では、保証金の返済方法につき賃貸借契約書第七条と同旨を規定し、第四条では賃借人が賃貸借契約に違反して損害賠償債務を負う場合、賃貸人は保証金返還債務と右損害賠償請求権と相殺できること、第五条では賃借人が期間満了又は解除により負担する賃借物件明渡義務を履行しないときは賃貸人は保証金の返済を留保できることを定め、その他第八条では賃貸借解約の場合の保証金の処置を規定しているものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右のような事実関係のもとでは、本件保証金契約は単なる金銭消費貸借ではなく、賃貸借契約と密接不可分に結合した一種の無名契約であって、保証金に関する権利義務は、斯かる場合の建設ビル所有者たる賃貸人の地位に随伴するものと解すべきである。従って、前記のように被告が田中から本件ビルの所有権を取得して田中の原告に対する賃貸人の地位を承継した以上、被告は本件保証金返還債務も亦、当然に承継するのであって、新旧両所有者間の合意のみによっては右承継を排除し得るものではないと認めるのが相当である。このことは新賃貸人の所有権取得が競売手続によると任意譲渡によるとによって異別に取扱うべき理由はなく、また斯様に解しても、いわゆる物権法定主義に反するとか、不動産取引の安全を不当に害するとかというには当らない。他に右解釈を不当とすべき事情は認められず、以上に反する被告の見解は採用しない。

してみれば、将来の給付の訴の利益のあることが前記の請求原因第四項の事実からして明らかである以上、本件保証金につき約旨に従った年賦償還とその弁済期日の翌日から完済まで被告が商人であるが故に年六分の割合による遅延損害金の支払とを求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、民訴法八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司)

〈以下省略〉

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